鍼灸とは
鍼灸は一般に「はり・きゅう」または「しんきゅう」と呼ばれ、疾患や症状に適した経穴(ツボ)に金属の細い針を刺入したり艾(もぐさ)を置いて燃焼させたりなど、生体に刺激を加えることで元々身体に備わっている病気を治す力を高めて元気にする治療法です。
鍼灸の歴史
鍼灸は東洋医学あるいは漢方医学の一分野として中国に起源をもつ我が国の伝統的医療です。6世紀の初頭、飛鳥時代に仏教伝来と時を同じく渡来したと云われています。
渡来してより明治時代初期までは、鍼灸は漢方薬と共に医学の主流として広く人々に活用されていました。一方、オランダ医学(西洋医学)は幕末の頃に伝来し、その後、少しずつ国民に普及していきました。そして明治7年、時の明治政府は日本に近代的な医事衛生制度を導入すべく、西洋諸国の医事制度を模範とした医制を制定しました。それによって、医学の主流は西洋医学になり、鍼灸・漢方は非合法化されました。このとき鍼灸・漢方が非合法化された理由は、政府の欧米化政策によるところが大きいのですが、戦場などで受けた外傷には西洋医学の外科的処置の方が役に立つといった実践的理由から鍼灸・漢方が軽視されたためとも云われています。しかしその後、鍼灸・漢方の効果が認められ、明治35年に合法化されました。
近年では、1971年の鍼麻酔報道をきっかけに、世界中の公的な医学研究所・医科大学・鍼灸大学や医療機関などで科学的な研究がなされ、今日まで鍼灸の多くの効果が証明されてきました。そして現在、鍼灸は西洋医学における医療費の高額化や副作用の問題などの欠点を補う治療法として、また鍼灸の持つ免疫の活性化・血行改善・恒常性機能亢進などの作用から健康維持・増進が期待できる治療として注目され、米国や欧州では鍼灸の利用が非常に盛んになっており、今ではむしろ日本の方が鍼灸の普及に遅れをとっているという残念な状況があります。
鍼施術について
極めて細いステンレス製あるいは銀製の鍼(長さ約15mm~90mm、太さ直径約0.10mm~0.30mm)を用いて、身体に刺入いたします。
まず、鍼先で皮膚を破るのですが、それは主に管鍼法(かんしんほう)で行います。管鍼法とは、江戸時代前期に杉山和一により創始されました。鍼よりやや短くて、鍼管と呼ばれる金属もしくはプラスチック製のストロー状の管に鍼を挿入し、わずかに出た鍼の柄の部分を軽く叩くことにより鍼の刺入を容易にし、かつ患者さんにはほぼ痛みを感じさせることなく刺入できる日本独自の方法です。なお一部では鍼管を使わず、鍼の柄の部分を親指と人差し指でつまみ、すばやく刺入する撚鍼法(ねんしんほう)も行われています。
次に、皮膚を通過した鍼は適切な深さまで体内に刺入されますが、その際、鍼灸師によって手技が加えられます。手技には、目的の深さま刺入し直ぐに抜く単刺術(たんしじゅつ)、刺入中もしくは目的の深さまで刺入して鍼を上下に動かす雀啄術(じゃくたくじゅつ)、刺入した鍼を回旋させる回旋術(かいせんじゅつ)、振動させる振せん術(しんせんじゅつ)、刺入した鍼をそのまま10~15分間とどめておく置鍼術(ちしんじゅつ)など、様々な技法があります。また、刺入した鍼を電極にして低周波の微弱な電気を通す方法もあり、いずれの方法も鎮痛や筋緊張緩和、血液循環改善などに効果のあることが証明されています。
その他、特殊な方法として、鍼を刺入せず専用の道具で皮膚を摩擦・接触・押圧するだけの施術法もあり、小児の夜尿症・夜泣き・疳虫・風邪予防などの治療には、おおよそこの方法を用います。また、置鍼した鍼の柄に球状の艾を差して燃焼させることで、鍼の機械的刺激と灸の温熱刺激を同時に与えようとする灸頭鍼(きゅうとうしん)という方法もあります。
なお現在、鍼は使い捨てにしている鍼灸院がほとんどです。
鍼灸院の開設には高圧蒸気滅菌器(オートクレーブ)の設置が義務付けられており、刺さない鍼やシャーレなどはすべて滅菌・消毒がなされており、安心・安全に努めています。
灸施術について
灸とは、艾を用いて経穴に熱刺激を加える方法で、「やいと」と呼ばれることもあります。
その方法は、艾を直接皮膚上で燃焼させ灸の痕(あと)を残す有痕灸(ゆうこんきゅう)と、灸の痕を残さない無痕灸(むこんきゅう)の大きく2つに分けられます。
有痕灸には、良質の艾を糸状~半米粒ほどの大きさの円錐形にし、直接皮膚上で燃焼させる透熱灸(とうねつきゅう)や、イボやウオノメを灸の熱で焼き切る焦灼灸(しょうしゃくきゅう)があります。一昔前には伝統的な技法として、親指の先ほどの大きな艾を直接皮膚上で燃焼させ火傷を作り、その上から膏薬を貼り付けて化膿させることで免疫細胞の活性化をはかる打膿灸(だのうきゅう)などがありました。
このような皮膚上で艾を燃焼させる灸の施術法は、昔から日本で盛んに行われてきた方法で、秀吉をはじめとする戦国武将たちが健康のために日頃から灸をすえていたことや、松尾芭蕉が奥の細道で三里のツボに灸をすえながら旅をしたことはとても有名です。しかしながら日本以外でこのような灸施術を行っている国は非常に限られています。最近は日本でも灸の痕ができることからあまり行われなくなってきましたが、免疫活性に非常に効果のあることが証明されています。
無痕灸には、米粒ほどの艾を直接皮膚上で燃焼させ、患者の気持ち良い熱さで消火あるいは艾を取り除く知熱灸(ちねつきゅう)、艾を皮膚から距離を置いて燃焼させ、輻射熱で温熱刺激を与える温灸(おんきゅう)、皮膚上に生姜・にんにく・味噌・塩などの介在物を置き、その上で艾を燃焼させる隔物灸(かくぶつきゅう)などがあります。
その他、艾や火を使用しない機械式の灸なども考案されています。